―― 問題提起:成功でも失敗でもない理由 ――
年に一度、あるいは数年に一度しかない式典。
その数時間に、組織の状態を揃える役割が託されています。
「特に問題はなかった」という評価が、一番多い
多くの式典は、こうして終わります。
- 進行は滞りなく
- トラブルもなく
- スケジュール通りに終了
終了後に聞こえてくるのは、こんな言葉です。
- 「無難だったね」
- 「特に問題はなかった」
- 「予定通り終わってよかった」
この評価は、一見するとポジティブです。
少なくとも「失敗」ではありません。
しかし、ここで一度立ち止まる必要があります。
それは本当に、「成功」だったのでしょうか。
成功でも失敗でもない「空白の式典」
無難な式典には、共通した特徴があります。
- 盛り上がらない
- しかし、冷えているわけでもない
- 拍手はあるが、揃っていない
- 笑顔はあるが、散発的
何かが欠けている気がする。しかし、それが何なのかは分からない。
終了後も、
- 誰も振り返らない
- 話題にもならない
- 翌日から、何も変わらない
問題は起きていません。
しかし、何も起きていない。
この「空白」が、無難な式典の正体です。
「盛り上がらなかった」のではない
こうした状況に対して、よく出てくる反省があります。
- 演出が地味だったのではないか
- 司会が弱かったのではないか
- 映像が刺さらなかったのではないか
しかし、実際の会場を思い出してみると、少し違う光景が浮かびます。
- 一部では笑いが起きている
- 一部では拍手が起きている
- 個々の反応は、確かに存在している
問題は「反応がなかった」ことではありません。
会場のどこかでは、確かに反応は起きていました。
ただ、それが 同じタイミングで、同じ方向に揃っていなかった。それだけです。
式典で起きている「いくつものズレ」
無難な式典では、さまざまなズレが同時に起きています。
登壇者と会場のズレ
登壇者は、言葉を選び、思いを込めて話しています。
しかし、会場から返ってくる反応は薄い。
- 拍手の音がまばら
- 表情が見えない
- 手応えがつかめない
話している側は、「伝わっているのか分からない」まま進行せざるを得ません。
前方と後方のズレ
前方の席では反応がある。しかし後方は静か。
- 温度差がある
- 波が広がらない
- 会場が一つにならない
結果として、会場全体の空気は動きません。
人と人のズレ
- 拍手のタイミングが違う
- 笑う人と、笑わない人
- 立ち上がる人と、座ったままの人
それぞれは自然な反応です。しかし、それが同時に起きない。
このズレが、式典全体を「平坦」にします。
なぜズレたまま、進行してしまうのか
ここで重要なのは、誰かが悪いわけではない、という点です。
無難な式典が生まれる背景には、いくつかの構造的な変化があります。
- 会場は年々広くなり
- 照明や映像は強くなり
- 客席は暗くなった
- 参加者の立場や温度感は多様化した
その結果、
- 反応が見えない
- 揃っているか分からない
- 途中で修正できない
という状態が生まれています。
そして、気づいたときには、式典は「そのまま」終わっている。
誰も「失敗」と言えない構造
無難な式典が厄介なのは、誰も失敗だと言えないことです。
- 明確なトラブルがない
- 数値で測れない
- 比較対象がない
そのため、
- 改善点が共有されない
- 次回も同じ設計になる
- 「例年通り」が繰り返される
ここで一つ、重要なことを言い切ります。
無難な式典は、最も再生産されやすい失敗です。
式典が本来、担っていたはずの役割
無難な式典でも、参加した人が「何も感じていない」わけではありません。
それぞれが、それぞれなりに話を聞き、空気を感じ取っています。
しかし問題は、その影響が個々人の中で完結してしまい、組織として共有される状態にまで至っていないことです。本来、式典にはこんな役割があったはずです。
ここまで読んで、違和感を覚えた方もいるかもしれません。
「そもそも、式典って何のためにやるんだっけ?」
本来、式典にはこんな役割があったはずです。
- 組織の方向性を揃える
- 気持ちを切り替える
- 「同じ場にいた」という感覚を残す
しかし、無難な式典では、
- 聞いたが、感じていない
- 見たが、関与していない
- 終わったが、残っていない
という状態が起きています。
これは「設計ミス」である
ここで、はっきりさせておきます。
これは、演出が下手だったからでも、現場が頑張らなかったからでもありません。
式典という場が、揃わない設計になっている。
それだけのことです。
設計されていないということは、「揃わなくてもよい」と判断しているのと同じです。
次の問いへ
では、ここで次の問いが自然に浮かびます。
組織が「揃っている」とは、いったい、どういう状態なのか。
何が揃えば、「揃った」と言えるのか。
次回以降は、この問いについて扱います。
まとめ
- 無難な式典は、成功ではない
- 問題が起きないことが、最大の問題
- 盛り上がらないのではなく、揃っていない
- ズレは個人ではなく構造から生まれる
- 無難な失敗は、最も繰り返されやすい
この回を読み終えたとき、「うちの式典も、そうだったかもしれない」と思ったなら、
それは、次の議論に進む準備ができたということです。
次にあなたが関わる式典は、組織が揃うことを、設計していますか。
それとも、うまくいくことを期待しているだけでしょうか。
Q1. なぜ最近の式典は、盛り上がらないと感じるのでしょうか?
A. 盛り上がらないのではなく、参加者の反応や感情が同じタイミング・同じ方向に揃っていないことが原因です。
Q2. トラブルもなく終わった式典は、成功ではないのですか?
A. 問題なく終わったことと、組織が揃ったことは別です。何も残らず行動も変わらない場合、式典としては機能していない可能性があります。
Q3. 式典がうまくいかないのは、演出や司会の問題でしょうか?
A. 個々の演出や進行の問題ではなく、組織が揃う状態を前提に設計されていないことが根本原因です。
Q4. 「揃っている状態」とは、どういうことですか?
A. 参加者の反応・感情・理解が、同じ場で同時に共有されている状態を指します。単に集まっているだけでは成立しません。
Q5. なぜ式典は、改善されないまま繰り返されるのでしょうか?
A. 明確な失敗が可視化されず、評価指標もないため、「例年通り」が踏襲されやすい構造になっているからです。
