理念は説明している。それでも、揃わない
多くの組織では、理念やビジョンが丁寧に語られています。
- スローガンが掲げられ
- 経営方針が説明され
- 式典や全社イベントで繰り返し共有される
それにもかかわらず、こんな感覚が残ることは少なくありません。
- 理念は知っているが、行動は変わらない
- 方向性が揃っている感じがしない
- 式典が終わっても、空気が動かない
このとき、多くの組織はこう考えます。
「説明が足りなかったのではないか」
「もっと分かりやすく伝えるべきだったのではないか」
しかし本当にそうでしょうか。
共通目的は「説明」では成立しない
前回(第2回)で見たように、組織が成立するためには、
- コミュニケーション
- 貢献意欲
- 共通目的
の3つが同時に成立している必要があります。
この中でも、最も誤解されやすく、
最も成立しにくいのが「共通目的」です。
共通目的は、
- 掲げれば成立するものでもなく
- 説明すれば理解されるものでもない
にもかかわらず、
多くの式典では「語ること」に力が注がれています。
問題は、熱量でも言い回しでもありません。
共有しようとしているものの性質が、
そもそも言葉だけで扱える種類のものではないのです。
知識には「2つの種類」がある
この問題を整理する上で、重要な示唆を与えてくれるのが
野中郁次郎氏 の知識論です。
野中氏は、組織における知識を大きく2つに分けました。
形式知
- 言語化できる
- 文書・スライド・マニュアルにできる
- 説明や共有が可能
暗黙知
- 言語化しにくい
- 感覚・身体・経験に根ざしている
- 説明だけでは共有できない
重要なのは、
組織の価値観・文化・方向性の多くは、暗黙知に属する
という点です。
理念やビジョンは、
言葉としては形式知に見えますが、
実際には「どう振る舞うか」「何を大事にするか」という
感覚的な判断基準に近い。
つまり、
暗黙知に極めて近い性質を持っています。
理念が腹落ちしない本当の理由
ここで、はっきりします。
理念が伝わらない理由は、
- 説明が足りないからでも
- 表現が抽象的だからでもありません。
暗黙知を、形式知として共有しようとしているから です。
暗黙知は、
どれだけ言葉を尽くしても、
説明だけでは共有されません。
形式知として提示された理念も、
体験を伴わなければ、
個々人の暗黙知として内面化されることはありません。
そのため、
- スライドを増やしても
- 表現を工夫しても
- 回数を重ねても
「理解」は進んでも、
「腹落ち」は起きない。
これが、
理念が「分かった気はするが、行動につながらない」
最大の理由です。
暗黙知は、どうすれば共有されるのか
では、暗黙知はどうすれば共有されるのでしょうか。
野中氏が示した答えは明確です。
暗黙知は、「共同化(共体験)」によってのみ共有される。
共同化とは、
- 同じ空間に身を置き
- 同じ時間を過ごし
- 同じ行為をし
- 同じ感情を経験する
ことによって起きる、
前言語的な理解の共有です。
ここでは、
- 説明は必須ではありません
- 言葉がなくても成立します
むしろ、
「あ、こういうことか」
「これは、うちのやり方だな」
という、
言葉になる前の納得が生まれます。
式典を「暗黙知の共同化の場」として捉え直す
この視点から見ると、
式典の意味は大きく変わります。
式典とは、
組織の暗黙知(価値観・方向性)を
再同期するための共体験の場
と捉え直すことができます。
本来、式典は、
- 組織として何を大切にするのか
- どの方向を向いているのか
を、言葉ではなく体験として揃えるための場です。
しかし現実には、
- 聞くだけ
- 見るだけ
- 感情がバラバラ
という構造になりがちです。
この状態では、
共同化は起きません。
「体験すればいい」という話ではない
ここで、よくある誤解があります。
「体験型イベントをやればいい」
「感動的な演出を入れればいい」
これは不十分です。
なぜなら、
- 体験がバラバラ
- 感動の方向が揃っていない
場合、暗黙知は共有されないからです。
重要なのは、
体験が、
同時に・同じ方向で
共有されていること
ここで初めて、
前回整理した「組織要素の同時成立」と、
野中氏のいう「暗黙知の共同化」が
一つの線でつながります。
次の問いへ:なぜ「感情」と「場」が不可欠なのか
では、次の問いが立ち上がります。
なぜ、暗黙知の共同化には
感情と場が不可欠なのか。
なぜ、
- 論理や説明だけでは足りず
- 非公式な空間や空気が効いてくるのか。
次回は、
- 人はなぜ論理では動かないのか
- なぜ非公式の場が組織を揃えるのか
について変革論と組織論の視点から掘り下げます。
まとめ
- 共通目的は形式知ではない
- 暗黙知は説明では共有できない
- 共同化=共体験が必要である
- 式典は本来、暗黙知を同期する場である
- 体験は「同時・同方向」でなければ意味を持たない
理念が伝わらないのは、
組織の問題ではありません。共有の方法を、取り違えているだけです。
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第1回|なぜ卓越した組織ほど「一体感を設計する」のか ―設計の前提:偶然に任せないという判断―
第2回|組織は、なぜ式典で揃わないのか ―バーナードの「3つの組織要素」から考える―
第3回|理念は、なぜ式典で伝わらないのか ―暗黙知と共体験から考える―
Q1. なぜ理念は説明しても伝わらないのでしょうか?
A. 理念は暗黙知に近い性質を持っており、言葉による説明だけでは共有されにくいからです。
Q2. 共通目的は、なぜ掲げるだけでは成立しないのですか?
A. 共通目的は、個々人が行動の基準として内面化して初めて成立するためです。
Q3. 形式知と暗黙知の違いは何ですか?
A. 形式知は言語化できる知識、暗黙知は経験や感覚に根ざし、説明だけでは共有しにくい知識です。
Q4. 暗黙知はどのように共有されますか?
A. 同じ時間・空間・行為・感情を共有する共体験(共同化)によって共有されます。
Q5. なぜ体験だけでも不十分なのですか?
A. 体験が同時に、同じ方向で共有されなければ、暗黙知は同期されないからです。
